こんにちは、藤山裕輝(とうやまひろき)です。
漢字だと読みにくいですが、覚えていただけると幸いです。
こちらの記事では、熊本でホームページ制作とWebマーケティングを軸にフリーランスとして活動している私(藤山裕輝)の自己紹介をしていきたいと思います。
最近、TwitterやYouTubeで情報発信を開始して有難いことに、SNS経由でお仕事もいただけるようになりました。
どんな人なのかが分かっていた方がお仕事依頼時や、私の発信を見る際に理解が深まる部分があると思うので、是非最後まで見ていただければと思います。
目次
出身地の熊本について
私は、1998年に熊本で生まれて22歳の今まで熊本で過ごしてきました。
田舎と都会のちょうど境目といった感じで、かなり住みやすいですね。
熊本で有名なものといえば、熊本城です。
それと、爆発的人気を誇る「くまモン」がいますね。
結構珍しくて、生で見たことは2回ほどしかないので見ることが出来たら超絶ラッキーです。
熊本については、ここら辺にしておいて早速自己紹介に入っていきます。
楽観的に過ごしていた中学時代
小学校、中学校では野球をしながら程よく勉強(成績はいつも真ん中より少し上くらい)して、程よく恋愛してただただ楽しく生きてきました。
人物像をイメージしやすく言うと、誰とでも仲良い明るい坊主でした。
中学時代の思い出といえば、修学旅行に携帯を持っていったのがバレて、めちゃくちゃ怒られた記憶はありますね。
その後、部活で監督にも怒られて、足が取れるくらい走らされたのが懐かしいです。
部活では、一応副キャプテンとして頑張っていたわけですが、家で素振りをした記憶などもそんなに無いので、努力はそこまでしてなかったんでしょう。。。
今では、「努力が報われた際の威力」を猛烈に感じているわけですが、怠惰な性格なため昔は頑張れませんでした。
昔の自分に会って、思いっきり叱ってやりたいです。
高校受験も今考えると「なんでそこの高校選んだんだっけ?」状態で、脳死で私立の普通科に進学しましたね。
しかし、その行った先の高校で人生の1回目のターニングポイントがやってくるわけです。
ただの野球少年が勉強というものの大切さを知った高校時代
高校でも野球部に入ったわけですが「高校野球」と言えばかなりきついイメージありませんか?
正直、「めちゃくちゃしんどかったです」
それに、野球をしていたのも「プロになりたい!」とかではなく、「兄も野球だったし俺も野球部入るかー」ぐらいだったので、
「なんでこんなにきついことしてるんだろう」
と思ってしまいました。
小さい頃の自分を思い返してみると、「自分の意思で何かを決定する」といった経験がほとんどなく、周りに流されて生きてきました。
周りの目を結構気にして、自分のやりたいことが出来ない。
そういったことがしょっちゅうありました。
そんな、当時高校1年生の僕が、3年生の夏の大会が終わって1週間ほど経った時に
「部活をやめよう」
そう思いました。
「藤山、部活やめるってよ」状態です。
具体的な理由は、
・その時が1回戦敗退だったため、こんなにキツい練習をしても1回戦で負けるのかと感じた
・周りが上手すぎて、試合に出ている未来が見えない
・体力的にも精神的にもキツい
今思えば、こんな感じですかね。
第三者視点から見ると、完全に「逃げ」かもしれませんが、過去に一度も自分の意思で動いてこなかった当時の僕にとっては「挑戦」でした。
この行動がなかったら今の僕はないと思っています。
当時の俺、まじナイス。
それから、「今日こそは言うぞ」と何度も思っては言えずに練習が終わり1週間ほど経ちました。
ビビりすぎ問題です。
いざ退部届を書いてビクビクしながら監督室の前に着いたわけですが、心臓バクバクでしたね。
多分、心臓の音がグラウンド中に響いてました。
そして、ドアをノックをして「部活をやめたいです。」と伝えて、多少言い合いがあったものの見事にやめることが出来ました。
「ただ、野球を辞めるなら勉強を死ぬほど頑張れ」という契約を元に。
勉強に力を入れ始めた高校2年
部活を辞めてから、授業が終わったら遊びに行くか・帰宅するという日常を送っていたのですが、やっぱり暇なんですよね。
そこで軟式野球部が、話を聞くとそこまでキツい訳ではなく勉強に支障が出なさそうだったので丁度良い!と思って、入部しました。
通っていた高校では、学年が上がる際に毎年
・文系
・理系
・英語特進
・理数特進
これらからコース選択をしなければなりませんでした。
そこで、「勉強を死ぬほど頑張る」という契約を元に硬式野球部を辞めたため、英語特進コースに進みました。
これが人生を変えた選択で、高校2年の頃の担任の先生と出会ったことで完全に人生が変わりました。
その先生は、かなりコワモテの古典の先生でしたが、「勉強の楽しさ」を教えてくれました。
勉強に対して、「楽しい」と言う感情を持ったことがなかったため、僕の中では革命的なことでした。
特進コースになると、周りがとてつもなく頭がよく見えたので死ぬほど勉強を頑張りました。
朝課外→授業→夕課外→部活→朝方まで勉強
この生活で、平均して睡眠時間3時間ほどで1年間走り抜きました。
今では、「我流は本当にダメで、結果が出ている人の方法を真似することが1番」だとわかるのですが、当時はそんなこと知るはずもなく、ひたすらに時間をかけましたね。
何事も「まずは型を学ぶ」というのが重要だと気付いていたなら、もっと効率よく吸収できていたと思います。
唯一、これは取り入れて大正解だったなと思うものはこちら↓
もし、受験生などがいたら是非知っておいてほしい英単語の覚え方があるので、貼っておきます!
「これじゃ流石に覚えれないやろ」と思いつつ、半信半疑でこの方法をやってみると、ありえないくらい頭に入ります。
最終的には、単語言われただけで大体のページ数が当てれるくらいにまでなっていました。
知らぬ間に学力が上がっていた高校3年
特進コースだと推薦が余り物になるらしいとのことで、3年時には特進ではなく文系に進みました。
そして、3年になって初めてのテストで、全教科がほぼ満点という結果に。
こんなに変わるものかと思い、目を疑いました。
普段から受験に向けて多少勉強はしていたのですが、テスト対策は一夜漬けでしていました。
しかし、倫理のテストの前日に全く勉強をせず寝落ちしてしまったにも関わらず、クラスで点数が一番上だったという経験をした時に、
これは完全に何かが変わっていると確信しました。
テスト勉強に掛けた時間は圧倒的に少ないのに
高校1年 → 300人中 100位くらい
高校2年 → 60人中 10位くらい
高校3年 → 300人中 常に10位以内
こんな感じで成績に変化が出てきたので、ビビりました(笑)
その時に気付いたことがこちらです。
結果が出ない時は大体費やす時間が足りていない
一度覚えると、ずっと使えるものがある
とうとうやってきた大学受験
大学受験に関しては、失敗することが本当に怖かったのと成績が5段階のうち(多分)4.6くらいあったので、推薦を使おう!と思いました。
青学なども推薦の中にありましたが、「一人暮らしをしたい」や「この職業につきたい」といった願望がなかったため、とりあえずで地元の公立の大学に進学を決めました。
その大学の受験に向けた勉強を本格的に始めるわけです。
とはいえ、大学の推薦入試の過去問を3年分ほど解いてみて、いずれも満点だったため高校3年では、高2の時ほど勉強は頑張りませんでした。
ちなみに高校2年の時のスパルタ期間がなければ、絶対にその問題も解けていませんでしたね。
といった感じで、人生が大きく変わった3年間の高校生活が終了しました。
目的を見失ってしまった大学生活
受験も終わり、晴れて大学生になったわけですが、暇すぎてびっくりしました。
今までは、6限くらいまで平日は毎日授業があったのに「え?昼で帰れんの?」っていう衝撃ですね。
同じようなことを感じた方も多いのではないでしょうか。
恐らく大学生といえば、サークル!酒!最高!みたいなのをイメージすると思いますが、サークルにあまりそそられなかったため入らずに、暇を持て余した堕落生活を送っていました。
別の大学に通っている地元の友達とほぼ毎日、バイトして飲みに行って、朝まで荒野行動(スマホゲーム)してみたいな、今では考えられないくらい遊んでいましたね。
そんな感じの生活で1年半ほど過ごしてしまいました。
しかし、分かる人には分かるんですが、もういいっていうくらいまで遊んでみると、することがなくなって遊ぶことに飽きてくるんですよね。(大学2年の夏頃)
飲みに行っても毎回似たような、誰かの噂話や過去の話。
よくそんな面白くないことを1年半も続けれたなと色々な意味で感心です。
本当に無駄な時間を過ごしていたなと後悔していますが、それだけ遊んだから今頑張れているのかなとも思ったりしています。
そんな感じで毎日遊んでばかりでふらふらしつつも、「せっかく大学に入ったのに何でこんなクソみたいな毎日を過ごしているんだろう」という感情が心のどこかにあり、
「何か熱中できるものが欲しい」
「何か全力で頑張りたい」
そう思っていました。
そんな時に、ゼミの選考の時期がやってきました。
熱中できるものに出会えた大学2年
僕の通っている大学では、2年の前期に研究室の選考が始まります。
大学生活のほとんどを研究室で過ごすことになるので、かなり重要な選考です。
色々なゼミの説明会に足を運ぶわけですが、夢もやりたいことも無いのに、どこを選べばいいのか非常に迷っていました。
そんな中、とあるゼミの説明会に行った時に在籍されている院生の方の話で心が動かされることとなります。
プログラミング教育で何が得られるかというと「課題解決能力」と「検索力」で、小さい頃からこの教育を受けてきた若い世代と10年後働く自分を想像したらどうでしょうか?
この話を聞いて、当時何も自分の武器(スキル)がなかった自分は恐怖を感じました。
そのため、「この研究室でプログラミングスキルを身につけよう」と強く思いました。
やはり、人は不安や恐怖を感じると行動をするものだと改めて認識しましたね。
それから、倍率は2倍ほどでしたが、見事選考に通過することが出来ました。
初めてのプログラミング
配属が決まった後、約2ヶ月でオリジナルアプリを開発してプレゼンをしなければなりませんでした。
根拠のない自信は昔からあるので、「普通にできるだろ」と思っていましたが、まぁ難しかったです。
「どこが分からないが分からない」
という最悪の状態だったので、先輩に質問しまくりました。
質問すると問題のありそうな箇所を教えてくれて、先輩がめちゃくちゃかっこよく見えましたね。
そんな感じで、プレゼン当日の早朝に何とか間に合わせることができました。
挫折を経験する
オリジナルアプリを完成させることは出来たのですが、「よく分からないけど動いた」という状態で、難しすぎて心が折れてしまいました。
いわゆる「挫折」というやつです。
そこから、また半年ほど何もしない期間が出来てしまいました。
情熱が燃えるには時間がかかるのに、消えるのは一瞬です。
精神状態が不安定になる
挫折してから半年ほど経ちましたが、時間は待ってくれる訳でもなく着々と就活が近づいてきます。
その時、結局何のスキルも身に付いていない自分に焦りを感じ始めました。
「本当に自分がやりたいことは何なのか」
バイトもやめて、これを約1ヶ月間考えまくりました。
この1ヶ月間は、本当に精神状態が良くなかったです。
しかし、この1ヶ月間が人生2回目のターニングポイントに繋がります。
今までの価値観をぶち壊される
Twitterを見ていると、ある方のツイートが流れてきました。
興味を持ち、その方のアイコンをタップしてツイートを見漁っていると
どうやら2つ年上の大学生でフリーランスエンジニアとして稼ぎつつ、更にオンライン学習サービスを作って数千万の売り上げを上げているらしい。。。
「ん? 見間違えか?」
何それ、美味しいの?
そんな世界線知らないよ?
みたいな感じで、本当に理解が追いつきませんでした。
当時は
大学に行って、卒業したら就職する。
というルートしか頭になかったんですよね。
なので、「やばい、やばい」とんでもない世界を見てしまった。
「うおおおおお!俺もこんなかっこよくなりてええええ!」
と思い、心の中で何かに火がつきました。
これが所謂「やる気スイッチ」ってやつですね。
この出来事により、
完全に価値観がアップデートされました。
もう誰のことか分かった方もいるかもしれませんが、答えは「迫 佑樹さん」です。
この方のツイートを発見していなかったらと考えると、恐ろしすぎます。
今頃、
「働きたくないな〜」
「就活やだな〜」
そう思いながら、日々を過ごしていると思います。
それから僕も学生時代に自分の名前で稼ぐ経験をしてみようと思い、そのためにすべきことを深く調べていきました。
すると次は、マナブさんのアカウントを発見して、
Web制作・・・これだ!
そう思いすぐに、Webサイトを作るための学習を開始しました。
あれ?これって割と簡単じゃね?
出落ちのような見出しですが、Webサイトを実際に作ってみると
「あれ?案外いけるぞ?」
と感じたわけです。
Swiftがあれだけ難しかったのに(そもそも費やした時間が少なすぎましたが)、HTMLとCSSならいけるどー!!!
まさに歓喜ですね、全俺がやる気に満ちました。
HTMLとCSSの基本は少し難しいWordのようなイメージで、「こう書けばこう表示される」といったようにめちゃくちゃシンプルなので、そりゃそうだという感じですけれども。
当時は、言語ごとの違いなどもそこまで分からなかったので、作れることが楽しくて仕方なかったです。
講義中もパソコン開いて、ひたすら勉強してましたね。(ちゃんと聞けよって感じですよね)
それから研究室のメンバーで行うワークショップのサイトを制作したり、文化祭のMs.Mr.の公式サイトを制作したり、成果物を量産していきました。
基礎学習より成果物を作る
これが上達するための鉄則です。
それから現在までの活動
現在は、2020年4月に「H.Technology」という名前で開業し、フリーランスとして主にHP制作/Webデザインの仕事をしています。
その他には、20名以上にiOSアプリ開発を教えた経験から、プログラミングスクールのモバイルアプリ開発講師もしております。
また,複数のYouTubeチャンネル運営やアフィリエイトサイトの運営もしており,SEOなんかも得意分野です。
2020年10月には、釣った魚の写真から魚拓が作成できる、釣り好きのためのiOSアプリ「GyoTake」リリースしました!
興味のある方はこちらから!
これからの目標・展望
これからは、情報発信に力を入れたいと思います。
なぜかというと、今後事業をスケールさせていくにあたって、コンテンツだったり別の形で価値提供をしていく必要性を感じたからです。
正直、どれだけ時間があっても足りません。
また、これまでの経験から「教育の価値」を物凄く感じており、それをコンテンツとして残すことによって、時間と場所という制約から解放され、より多くの方に価値を届けることが出来ると感じたからです。
人生が変わる瞬間,そこには他の何にも変え難い感動があります。
正直、仕事のことで頭がいっぱいになることがこんなに楽しいことだとは思いもしませんでした。
これに気付けて、本当に幸せです。
数値的な目標を掲げると、最大瞬間風速でも良いので月収100万をとりあえず目標に掲げて取り組んでいきます。
金額的な目標を掲げると、あまり聞こえが良くないかもしれませんが、お金はあくまでも自分が提供した価値を定量的に表したものなので、自然なことだと思います。
Twitter(@H_Technology_HT)では、
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プログラムスキルを活かした稼ぎ方
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個人的に、Swiftの学習リソースが少なすぎるという課題点を解決するために現在コンテンツを充実させている段階です。
また、YouTubeにある動画も「初心者にこれは厳しいだろう」と思うようなものばかりなので、直接20名以上に教えてきた経験を元に最高に分かりやすいコンテンツをお届けします!
他には、すでにWeb制作の解説動画は充実しているので、その次段階で別のスキルを掛け合わせて価値提供するための情報を発信していければと思います!
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最後に
最後まで、お読みいただきありがとうございます!
少しでも、ためになる情報発信を心がけていきますので、今後もよろしくお願いいたします!
たった一度きりの人生、最高のものにしていきましょう!